徳島地方裁判所 昭和26年(モ)250号 判決
債権者 立本義雄
債務者 佐藤シズ子
一、主 文
債権者債務者間の徳島地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第一二八号不動産仮処分事件につき同年九月十日為した仮処分決定を認可する。
申請費用は債務者の負担とする。
二、事実及び理由
債権者代理人は主文同旨の判決を求めその理由として債権者は戦時中の約三年間を除き約二十年前より肩書地に居住しているものであるが此の土地は西側には徳島鳴門間の鉄道線路用土地があり東側には県道二十一号線の予定道路である公路の一部があるけれどもこれとて未だ完成せずその南端は畑地、北端の方は徳島鳴門間の国道に面する他人所有の私有地にさえぎられて所謂行きどまりになつており、更にその東方へは通路もなく又北側の方には前記徳島鳴門間国道に面した部分において私人所有の土地がならんでいて、その地上には飲食店その他の店舗建ちならび南方は田畑となつて全く袋地をなし公路に通ずる道路がないので、多年の間右北側国道に面する他人所有の土地の内鳴門市撫養町南浜字東浜六四番地の三三宅地十三坪四合四勺の内北西の角即ち徳島鳴門間の鉄道線路の木柵の国道に接する支柱の東北面を(イ)点とし之より南へ右木柵に添つて五十一尺二寸の地点を(ロ)点とし右(イ)点より東へ国道に添つて三尺の地点を(ハ)点とし、之より右木柵に平行して五十一尺二寸の地点を(ニ)点とし、右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各点を結ぶ土地の部分を通行していたものである。ところが右土地はもと訴外立本茂の所有であつたが昭和二十五年十二月五日債務者が茂より買い受け所有権を取得したその際右茂は債権者の居宅が所謂袋地上にある故前記東側の徳島鳴門間の産業道路二十一号線が鳴門駅まで完成し通行ができるようになるまで前記範囲の地上を債権者が通行することを承認し、同人の通行に支障を来すような建築などをしない約束をしたのであるが、その後昭和二十六年八月十日立本茂は債権者の代理人として債務者と右同旨の契約をしたものである。然るに債務者は右契約の趣旨に反し且つ債権者が従来有していた囲繞地通行権を無視して前記地上に家屋を建築するため地盤を築き建築用材を運んで家屋の建築に着手しようとしているのである。かくては債権者は公路に通ずることができなくなるので通行権確認の訴を提起せんと準備しているが債務者の建築が完成するにおいては勝訴の判決を得てもその実現困難なるのみならずそれまでの間は通行に支障を来すので通行に必要な最小限度である前記範囲の地上において債権者の通行を妨害する建築その他一切の行為をしてはならない旨の仮処分申請をし、昭和二十六年(ヨ)第一二八号事件として同年九月十日その旨の仮処分決定を得た次第であると述べ債務者の異議に対し債務者が本件土地を買い受けたのはその主張するように立本みね子より賃借せる土地上の家屋を收去して土地を明渡す必要にせまられたことによるものではあるがみね子は立本茂や債権者と親族の間柄にあるので債権者の通行について配慮の結果国道二十一号線が完成し債権者が公道へ自由に通行し得るまで右立退を猶予するから従前通り債権者の通行を妨害しないよう希望したので前記債権者主張の如き契約が成立したのである。又債務者は鶴和、東両氏宅間の通路を公路と主張するけれどもその幅員四尺余の空地になつているがその間には約二尺位の動かすことの出来ない木柵がありその余の二尺位には柵に接続して開戸を作り平素之を閉めて居り東氏は債権者の通行することを認めていない。かくの如く特定人の意思によつて通行を左右されるような露路の如きものは公路と言えない、と述べた。<立証省略>
債務者代理人は徳島地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第一二八号不動産仮処分事件につき同年九月十日為したる仮処分決定を取消す、債権者の本件申請を却下する、申請費用は債権者の負担とするとの判決を求め答弁として債権者がその主張のような理由で仮処分の申請をなし徳島地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第一二八号不動産仮処分事件として同年九月十日同主張の如き仮処分決定のあつたこと及び債務者が訴外立本茂から同人所有なりし債権者主張の土地を買い受け昭和二十五年十二月五日所有権移転登記をしたこと、債権者がその主張の土地に家屋を所有しこれに居住していることは認めるが債権者居住の土地が袋地であるとのことならびに債務者が係争土地を買い受けた際又はその後において同土地につき債権者の通行権を認めその妨害となるような建築をしない旨約したとの事実を否認する。債権者の所有土地の東北部には国道二十一号線新設のため鳴門市が買收し現在市有地となり公衆が自由に通行して居る道路があり更にその北方には鶴和計江宅と東下駄店との間に五尺幅の通路があり、これは安田幾三郎の私有地ではあるが鳴門警察署裏の武徳殿に出入する人々等が自由に通行の用に供しているのであるから公路というに妨げないのである(けだし民法第二百十条第一項に所謂公路とは公衆の通行の用に供せられる道路をいい必ずしも国有地若くは無税地たることを要するものでなく仮令一私人の所有地と雖も公衆の通行の用に供せられる以上公路というべきである)従つて債権者の所有土地は公路に通じているから袋地とは言えない。仮りに右鶴和、東両氏宅間の通路が公路でないとしても債権者が公路に至るため本件土地に限らずその所有地と公路との間に介在するすべての他人の土地が一応通行路の対象となり得るもその通行の場所及び方法については民法第二百十一条に従い通行の必要の限度において囲繞地のため損害の最も少いものを選ぶべきことを要する。而して鶴和、東両氏宅の間は前述の如く五尺幅あり現に人が通行する通路になつて居り債権者が之を通行することにより所有者の安田は勿論賃借関係にある鶴和、東両氏に実害もない。之に反し債務者の所有地は訴外立本茂より店舗兼住宅建設のためその敷地として買い受け昭和二十六年九月五日地盤の工事に取掛り直ちに大工に請負はせ木材の切組作業を殆んど終り建前の直前に本件仮処分を受けたもので債務者は現在狭い所に大勢の家族が寝起きし日常生活に難渋して居るのみならず立本みね子より債務者所有家屋の收去土地明渡を求められていたため苦しい生計の間から本件土地を買い受け親族援助の下に家屋新築せんとしているもので、此の店舗により生計を維持せんとするもので此の土地の利用は実に債務者の生活上の生命線というべき切実なものであるから、此の土地を通行の用に供せられることは損害実に大きいものであるから債権者としては前示鶴和、東両氏間の通路を通行すべくもつて相隣者に与える損害を最小限度に致すべきものである。然るに債権者が此の措置に出でず債務者所有地を通行の用に供せんとするは社会一般の倫理観念にも反し許すべからざることであると同時に他面損害最も少い前示鶴和、東両氏宅間の通路を通行し得べき権利を有するものである。なお、債権者において仮りに本件土地に通行地役権の如きものがありとしてもその登記がないから第三者たる債務者に対抗できない。
次ぎに債務者が本件土地を立本茂から買い受けたのは債務者が立本みね子より土地を賃借しその地上に家屋を建てゝいるがその收去土地の明渡を求められたので之に応ずるため此の土地に家屋を新築する目的であつたからその新築を債権者主張の如く国道二十一号線の完成まで待つて右土地を債権者の通行用地に供するような契約をしたことはないと述べた。<立証省略>
債権者がその主張の如き理由の下に債務者に対し仮処分申請をなし徳島地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第一二八号不動産仮処分事件において同年九月十日債権者主張の仮処分決定のあつたことは争のない事実である。
而して債権者居住の土地は西側に徳島鳴門間の鉄道線路用地があり南側には他人所有の田畑あり北側には安田幾三郎所有地(鶴和、東両氏居宅店舗所在地)立本みね子所有地、債務者所有地(もと立本茂所有地)があり東側には未完成の国道二十一号線の予定地があり、此の部分は何人も通行できるがその南端には他人の田畑、北端は前記私有地に接しており(但し右鶴和、東両氏居宅間の空地については後に説明する)その東側は通り抜けられぬ土地となつていることは当事者双方の各主張の一部と証人立本茂、佐藤秋二、立本信雄、立本利雄、立本みね子及び債務者本人の各供述によつて疏明するに足り前記各供述と債務者本人の供述により現場の見取図と認められる乙第一号証証人立本信雄の供述により鶴和、東両氏方の間の現場見取図と認められる甲第五号証を綜合すると債権者居住土地よりその北方にあたる徳島鳴門間の公道へ通行可能な場所は本件係争地と前示鶴和、東両氏方の間に存する空地のみであることを疏明することができるが前記各供述によると右空地は幅四尺七八寸でその間に債権者主張の如き柵や開戸の設備があり、こゝを通行する者はわずかにその南東方にある武徳殿に柔道をするため出入する数名に過ぎないことが疏明せられる。右の事実によれば鶴和、東の両人はかかる特定人に対してのみ通行を黙認しているものと解するを相当とし不特定多数人が自由に通行し得られる道路とは認められないのでかような通路は債務者代理人主張のように公路と言えないのみならず債務者の疏明によつては債権者が此の部分の空地を通行路として使用し得る何等かの権原を有することを窺い得ないので此の通路あるが故に債権者の本件土地を袋地という妨げとはならない。
もつとも債権者が数年前より本件係争地を通行して前示国道に出入していたことは債務者の明らかに争わない所であつて若しこれが債権者と元所有者立本茂との間の賃貸借使用貸借の契約又は通行地役権にもとづくのであれば債権者の土地は公路に通ずるものといえるので袋地でないとの結論に達するわけではあるけれども此の点につき債務者において特別の主張疏明をしないので右債権者の通行なるものが如何なる権利によるかにわかに確定できないのであるが前に説明した本件土地の周辺の状況から観て民法第二百十条の囲繞地通行権によるものであり、且つ此の通行の場所及び方法は通行の必要の限度において囲繞地のため損害の最も少いものによつていたものということができる。要約すれば債権者は袋地所有者として係争土地につき通行権を有していたものというほかはない。
而して此の通行権は袋地所有権と不可分の権利であつて通行地役権ともその性質を異にし登記にも適せない権利であつて通行の用に供せられている土地所有者に変動があつても登記なくして対抗し得るものといわなければならない。それ故に債務者が係争土地を訴外立本茂から買い受けても債務者と通行権者なる債権者との間にその通行をやめることの合意が成立しない以上債務者は債権者の通行を容認しなければならない。然るに債務者代理人の疏明によつては債務者と債権者との間にかかる合意が成立したことを認めるに十分でなくむしろ証人立本茂、立本みね子、立本信雄の各証言によると債務者は所謂国道二十一号線の完成するまで立本みね子よりの立退要求を猶予せられると共に本件土地につき債権者の通行を妨害するような建築をしない旨約したことが認められる。
債務者代理人は債権者において囲繞地通行権ありとするも民法第百十一条により損害の少い鶴和、東両氏宅間の空地を通行すべきものであると主張するけれども債権者が前記のとおり既に本件土地について囲繞地通行権を有していたのであるからその土地所有者の変動したためにこの通行権を失うわけではないから右主張は採用しない。以上の次第であつて債務者が本件土地に建築を始めようとしていることは争のない所であるから債権者は本件仮処分の要あること明らかである従つて前示仮処分は相当でこれを認可すべきものである。
よつて民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 今谷健一)